サム・ボートン 絵・文
青山南となかまたち 訳
(2019年12月25日発行)
カクイチ研究所が翻訳絵本の制作に初めて挑んだ最初の本は英国の水彩画家サム・ボートン(Sam Boughton) 女史の処女作です。原題はThe Extraordinary Gardener 2018年秋の作品です。この絵本を翻訳された青山南先生は著名な英米文学の研究者であると同時に、数多くの翻訳作品やエッセイなどを出版されています。この本は2018年の秋、早稲田大学の社会人講座「絵本翻訳教室」での最初の課題図書でした。訳は、教室での出会いに因んで、「青山南となかまたち」とさせていただきました。当時、素人園芸家にすぎなかった編者は、再生農法の研究所を立ち上げており、この絵本の主題との偶然の一致にとても驚きました。そして絵本制作というふつうじゃない試みを始めることになった出会いの一冊だったのです。
ふつうじゃないことの秘密
この作品の翻訳のキーワードは、という単語です。ordinary は「ふつう」という意味。主人公の少年の名前はジョー、とてもふつうの名前です。でも、その空想力と感受性はふつうじゃない、並外れていたのです。まず導入部で少年ジョーの目から見た世界が描き出され、絵の力が前面に出ていて、グサッとハートにささる絵本です。
そしてこのふつうじゃないものがたりの中心はタネ、大人はリンゴを食べても、サラダを食べても、もう生命がタネからはじまっていることなどを考えたりしません。でも、小さなタネがジョー少年の空想に火を付けました。Extra-は特別なとか規格外という意味を付加する接頭語ですから、この場合 The Extraordinary Gardener は、ふつうではありえないすごい仕事をした園芸家、という感じの意味になるわけです。
ガーデニングに熱中する人はたくさんいます。木々は美しく、花は私たちの心を和ませてくれます。多くを知らない少年の空想力が、たった一粒のタネを育てることから始まって、植物たちの成長する力が町を植物園のような森に変えていきます。この部分がすごいのです。常識を越える特別な何かです。そして、それはふだんの生活で大人たちが忘れている本当の「ふつう」を指しているのかもしれません。わたしたちの周りには、まだまだたくさんの忘れてしまっている「ふつう」や気づかずにいる「ふつう」があるのかもしれません。いろいろな出会いを通して、「ふつう」がたくさん重なり合うと、特別な何かになる。だから、タネには「子どもたちのような無垢な目を通して、この世界を見直してみよう」という作者からのメッセージが込められているのではないでしょうか。そして、この作品がきっかけとなって絵本を翻訳してユニークな翻訳絵本シリーズを制作してみようという新しい空想が始まりました。
ジョー少年が土に埋めたタネは、すぐには大きくなりません。「じっと まちました……まちました……でも なにも おこりません。なにもかわりません。」「でも、何かがおきていたのです。」タネの中に秘められていた成長のプログラムが動き出し、タネは育ち始め、ぐんぐんおおきくなっていきます。そうです、すべては想像力から始まるのです、ふつじゃない速さで。そして気づいたときには町の風景を一変させました。タネから始まる植物の一生は、とても長い時間を必要としています。生命を見守ることには待つ忍耐が必要であるというメッセージでもあるのかもしれません。